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27.関東東北豪雨の被害 その1

201599日、北海道出張を翌日に控えた社長の昇は激しく降る雨に何か悪い予感を感じていました。

不安は的中し、夜中の報道番組ではここ境町からの生中継が映し出され、線状降水帯によるたたきつけるような激しい雨に言葉を

失うほどでした。

死者1名、床上浸水240棟、床下浸水253棟、いつもは穏やかに近所を流れる小さな宮戸川が氾濫し広範囲に農地が水没、ここ境町は

常総市と並び激甚災害に指定されるほどでした。


この年は私達が初めて梅山豚のために自ら飼料用トウモロコシを栽培した記念の年でした。

私達は梅山豚を飼育していますが農作物の栽培は初めてで、試行錯誤を続けながら何とか収穫までこぎつけるところでした。


堆肥を散布し、除草を行い、鳥除けを張り巡らし・・・・

真夏の太陽を浴びて3メートルほどに伸びてしっかり実が入ったトウモロコシを見ると充実感が漂いました。

雨の多い日本でもトウモロコシを生産できるという手応えを掴みかけていました。


実は飼料用のトウモロコシ(子実トウモロコシ)は栽培している農家が少なく、関東東北豪雨がなければ、4日後の913日に100人が参加する収穫シンポジウムを開催する予定でした。
しかし残念ながらトウモロコシは3メートルの穂先が微かに見えるまで水没し全滅、収穫シンポジウムは中止せざるを得ない状況となりました。

結果的に初めてのトウモロコシは収量ゼロという試練の結末を迎えました。

しかしこんなことでくじけてはいられません。

社長の昇は自ら作るトウモロコシを梅山豚に食べさせることが、畜産の未来を拓くと考えるようになっていました。

96%の飼料を海外からの輸入に依存している日本の養豚が、自給トウモロコシ飼料で切り拓く新たな時代を夢見ていたのです。


しかしこの時、別のもっと大きな試練も同時に起きているのをまだ誰も知りませんでした。

(次回につづく)




# by meishanton | 2020-04-08 14:02
26.ふるさと納税返礼品に取り上げられる
26.ふるさと納税返礼品に取り上げられる_b0166530_13550266.jpg

梅山豚の地元茨城県境町は、将来負担率県内ワーストという茨城県で最も財政の悪い自治体でした。

平成26年、38歳(当時)の若い町長が誕生すると、真っ先に取り組んだのは財政改革、

その筆頭が「ふるさと納税制度」の活用です。


一面に田んぼや畑が広がる農村地帯を抱える境町ですが、

猿島茶(さしまちゃ)というお茶以外にこれといった物産が無いのがこれまでの特徴でした。

そこで白羽の矢が立ったのが「梅山豚」です。

お肉はもちろんのこと肉饅頭や生ハム、キーマカレー、そして最近ではメンチカツなど様々な加工品を返礼品として提供し

てきました。

平成30年は境町へのふるさと納税額が60億円を超え、全国8位(関東1位)となりました。

それにより財政改善は加速度的に進んでいます。

ふるさと納税はお得な返礼品目当てというのがこれまでの常識でした。

しかし平成31年から返礼率が引き下げられ、「お得」な返礼品は少なくなりました。

かつ地元でつくられたか、地元で加工された事が返礼品の条件となりました。

単なる返礼合戦という自治体間の競争は変化し、自治体でも「指名買い」や「リピート」につながる返礼品を開発していく

動きが盛んです。

それは私達が梅山豚で長年取り組んできた熱烈なファンをつくる=ファンマーケティングと同じで、梅山豚を通じて地域に

貢献できるチャンスが到来したと感じています。

実は地元ではあまり知られていない存在だった梅山豚、このふるさと納税で返礼品に取上げられたのがきっかけに

なり、地元に広く知れ渡るようになりました。

さらに学校給食に毎月お肉を提供するようにもなり、子供から大人までが地元の特産品は梅山豚という声が多くなり嬉しく

思っています。

これからもふるさと納税の返礼品をはじめ、学校給食、道の駅のレストラン、地元の飲食店等々、これまであまりできてこ

なかった地域への提供を広げながら、地元でさらに愛される梅山豚になるため努力して行くつもりです。





# by meishanton | 2020-03-09 13:46
25百貨店の催事への出店

   東日本大震災から時間が経過しても、原発事故の風評被害が影響しているようで相変わらず梅山豚の受注は以前の水準を回復できないままでした。

   イーアスつくばでの直営店も閉店せざるを得ず、梅山豚の販売に苦戦していました。

   しかし考えました。

   梅山豚を知らない人はまだまだ多い。

   東京ではそれなりに認知度が上がって来ましたが、特に中部、関西、九州では知っている人が少ない。

   そんな事から、認知度を上げるために百貨店にて催事をさせていただこうと考えました。

   催事に立って梅山豚の安全性の説明をしながら直接お客様に語り掛ければ、突破口を見いだせるのではないか?

   との思いでした。

   そこで既に梅山豚肉を販売してくれていた実績のある百貨店にお声がけし、1週間の催事を試みる事になりました。

   初めての催事は驚きの連続でした。

   催事では朝礼で前日の売上成績が発表されます。

   するとどうでしょう、私の向かい側の「出汁」のお店がうちの売上の10倍をゆうに超えていたのです。

   ひっきりなしに来店客があり、まとめ買いをしている様子に釘付けになりました。

   しかし、その「出汁」のお店も10年前はこれほど売れる事は無かったそうです。

   お客様ひとりひとりとの信頼関係をコツコツと積み重ねる以外、催事には近道が無いことを教えられたようでした。

   大丸京都店、伊勢丹新宿店、松屋銀座店・・・そこからは社長自らが店頭に立って、肉まんや焼売、生ハムやソーセージ、キーマカレーなど梅山豚の商品を販売しました。

   一人一人に試食を手渡しながら梅山豚について説明をし、安全性をアピールする日々が続きました。 

   催事での手応えを掴みかけ、このまま毎月のようにどちらかの百貨店で催事をすることを検討していたその時、新たな試練に直面する事になりました。

   それは未知のウイルスによる被害の広がりでした。

   そのウイルスは農場の成績に大きなダメージを与え、一旦罹ってしまうと何度も何度も繰り返し猛威をふるうものでした。(注:これはPEDウイルスと言いここ5年間に国内で50万頭もの豚が死亡しています。)

   そのため、もし梅山豚が罹ってしまった場合の事を考えると社長が農場を離れ催事に出る事は難しくなりました。

   防疫体制の確立が最優先課題になり、養豚業界が新たなステージに入ったのを実感するのです。


# by meishanton | 2020-02-07 19:15 | 梅山豚のあしあと
新年のご挨拶

新年明けましておめでとうございます

皆様にはお元気に新春をお迎えの事とお慶び申し上げます。

2019年は様々な事業継続すら危ぶまれる出来事に翻弄されながらも事態は好転し、毎日梅山豚に向き合い、ご注文のあった方々に梅山豚肉をお届けすることができました。もしかしたら奇跡的な事なのではと感じるくらい忘れられない1年になりました。

4月代表の私が感染症で生死の境を彷徨い36日間入院しました。令和の幕開けを病院のベッドで迎えるスタートになりましたが、回復も早く今では病気が嘘のように働くことができています。

また農場スタッフに相次いで退職者が出たことから、退院後農場改革を次々断行し、タイからの技能実習生も初めて迎え入れました。31歳の女性実習生のワンちゃんは頑張り屋で、日本の寒さにも負けずあっという間に農場の戦力になりました。

そんな中、国内では豚コレラが猛威をふるい遂に隣の埼玉県にまで近づきました。いよいよ国もワクチン接種を認可し被害の拡大は収まりそうな気配となっています。

10月には大型台風19号により近くを流れる利根川が氾濫危険水位を超え、地元に避難指示まで出ました。危機一髪のところで利根川の氾濫は免れましたが生きた心地のしない夜を過ごしました。

そもそも梅山豚は私たちが直輸入する前に日中友好の贈り物として中国政府から日本政府に贈られました。今でもその子孫は農林水産省の牧場に残っています。これまで様々な養豚家が農林水産省より梅山豚の払い下げを受け飼育を試みました。しかし、多産な梅山豚からは未熟児がたくさん生まれ、生存競争の激しさで事故も多く、すべての養豚家が飼育を断念しました。また、何とか飼育できた梅山豚も市場では脂が多いとか肉付きが悪いという理由で「規格外」として取引され、コストがかかるが実入りが少ない豚となっていました。そんな中、私たちが唯一梅山豚の生産を継続することができたのは、梅山豚倶楽部会員の皆様や料理人さんなど多くのファンが梅山豚を支えてくださったからです。

これからも梅山豚を中心として国産飼料の生産や、地元貢献などに活動領域を広げ、未来の農業を担う人材を積極的に採用し、さらに美味しい梅山豚をお届けできるようスタッフ一同努力していきます。

梅山豚を通じて『食』と『農』と『環境』という分野の新しい時代に挑戦し続けていく私たちを2020年もどうぞよろしくお願いします。

                 2020年1月 株式会社 塚原牧場 代表取締役 塚原昇

     

 


# by meishanton | 2020-01-09 14:22 | 社長のコラム
24人工授精の取り組み

山豚は世界一の多産系豚として知られています。

しかし現実には、多産の時もあれば少ない時もあり、

その多産の能力が発揮できているのか疑問な状態が長く続いていました。

さらに、受胎率も満足できる状況には無く、

悪い時には交配しても受胎しないケースが50%を超え

計画的に肉豚生産ができない時もありました。

これは梅山豚が日本に100頭程度という原種豚であり、近親交配の影響により

どうしてもその力を出し切れないという問題が起きていました。   

こうした問題を少しでも解決する方法を考えた結果、

それまでの雄豚×雌豚の本交から人間による精液注入の人工授精に切り替える決断をしました。

(豚では人工授精はまだあまり普及していません)

そこで平成252月人工授精を導入するべく部屋を作り、顕微鏡や、

精液を一定の温度に保って保存する機械等を揃えて行きました。

当初は精液を購入して注入する事から始めました。

始めた頃は精液が逆流したりしてうまく注入できず、時間がかかることも多かったのですが、

慣れるとスムーズに注入できるようになりました。

しかし、目標としていた受胎率90%を達成するには至りませんでした。

そこで、次のステップとして自分たちで雄から精液を採取する事に挑戦しました。

採取した精液の活性を顕微鏡でその都度確認し注入する事で、

雄豚のコンディションも把握する事ができるようになりました。

こうして根気よく試行錯誤を続けた平成30年、遂に年間通じて受胎率が90%という目標を

達成することができました。

さらに1回に20頭を超える分娩も出始め(一般の豚は約10頭)、

本来の多産系という梅山豚の能力を十分引き出すことに成功しました。

今から思うと「必然」だった人工授精への挑戦。しかし、スタッフが揃ってこそできる

根気の要る作業の連続でした。

人工授精の成功により、梅山豚の生産は新たなステージへと進むことになり、

大きな可能性も拓ける事となるのです。




# by meishanton | 2019-12-11 18:44 | 梅山豚のあしあと

梅山豚の最新情報をお届けします。
by meishanton
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