カテゴリ:梅山豚のあしあと( 19 )
第19回~私達の目指すところ
私たち塚原牧場は何を目指して進んでいるのでしょう?
時々昇は考えます。

「梅山豚」は過去に沢山の養豚家が挑戦しました。
しかし皆ギブアップをした豚なのです。
それは、1産あたりの頭数が産まれすぎる事、だから未熟児が多い事、肺炎に弱い事、生育が遅い事、肉の歩留りが悪くコスト高になってしまう事、しかも豚肉規格に合わず「規格外」になって安くなってしまう事・・・・
これまでには、本当に沢山の困難がありました。
しかし、私達は長い時間をかけてその一つ一つの困難を解決する努力をしてきました。
誰もが「無理だ」と思った梅山豚は今、沢山のファンに囲まれ人気の豚肉になりました。
さらに、私達は自分で餌も作っています。しかもエコフィードという方法で。

大手飲料メーカー製麦茶の麦茶粕の飼料化を始めた1997年、
誰もが「餌を手がけるなんて馬鹿なこと」と思っていました。
さらに、私達は梅山豚の肉を自ら販売しています。
百貨店を訪ね、料理店に通い、本当のファンを増やす努力をしてきました。
そう、私達が大切にしているのは「挑戦する心」なのです。

しかし、挑戦するだけでは今の私達はありえません。
挑戦する私達を応援してくれる「ファン」と「取引先」が無くては成り立ちません。
「梅山豚」は日本にわずかしかいません。近親交配で純血種は絶滅するかもしれません。
しかし、「挑戦する心」と、素晴らしい「ファン」と「取引先」があれば、
梅山豚がもし絶滅する事になっても、必ず私達は再び歩み続けられると信じています。
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by meishanton | 2010-12-27 14:57 | 梅山豚のあしあと
第18回~販売のあしあと その6 
社長の昇は最近よく聞かれる事があります。
それは「インターネットで売っているんですか?」 

知名度が少し上がってきた「梅山豚」ですが、一般の人にその購入方法はよく知られていないようです。
インターネットを利用して販売する事はずっと社内で検討していますが、まだ行ってはいません。

これまで私達はファンを大切にしてきました。売れない時代を支えてくれたのも熱いファンでした。ファンが新しいファンを連れてきてくれました。まさに「口コミ」です。
本当に梅山豚を気に入った人が、その思いを伝えて新しいファンが産まれる。
それは、梅山豚倶楽部ばかりではありません。
デパ地下の販売員さんや、レストランのシェフやスタッフにも梅山豚ファンが多いのです。
梅山豚や、梅山豚のお料理を説明する言葉に愛情がこもります。
そんな沢山の熱いファンに支えられ今があります。

インターネットで本当に「梅山豚」を理解していただけるファンが集まるのだろうか?インターネットで販売をしても、今までのファンはファンで居続けてもらえるのだろうか?大切なファンを第一に日々自問自答する昇です。
実は結論が出ています。

「梅山豚」は一過性のお客様中心に販売をする事はしません。
ずっと買い支え続けていただいているファンがいて成り立つからです。
インターネットとは、そんな私達の「梅山豚」にかける強い想いを発信する場だと昇は考えています。
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by meishanton | 2010-11-25 13:33 | 梅山豚のあしあと
第17回~「ファーマーズマーケット」で販売
2009年、社長の昇はファーマーズマーケットに積極的に出店しはじめました。
ファーマーズマーケットとは?
全国各地で行われている生産者直売の市場のことを言います。
野菜や果物、味噌や醤油そして酒、たくさんの生産者に混じって販売をします。

冬は定番の『肉饅頭』。可能なところには5段の蒸籠を持ち込み、熱々の肉まんを販売します。
「皮がもちっとしていて、これって老麺練りとうい製法の生地でしっかりしているんですよ!」
「具と皮の比率は限界の5対5、梅山豚の旨味たっぷりですよ!」などと、威勢良く販売していきます。

昇が「ファーマーズマーケット」に出店するのには様々な意味がありました。
売り上げや宣伝という面ももちろんあります。しかし、それ以外に、特に若いスタッフには自分で生産したものを自分で販売する喜びを知ってもらいたいということがあります。
「どこで生産しているの?」
「お肉はどこで買えるの?」
「レストランではどこで食べられるの?」などの会話から、興味を持ってもらえる喜びがあり、
「美味しかった」という言葉が、また明日から仕事を頑張ろうと、やる気を起こさせてくれます。

そう、若いスタッフには、ファンに支えられて初めてこの仕事が成り立つ事を理解してもらいたいのです。今のところ、昇の思惑はうまくいっているようです。
心なしか翌日からのスタッフの動きがいきいきしているように感じられています。
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by meishanton | 2010-10-12 10:06 | 梅山豚のあしあと
第16回~販売のあしあと~「レストラン」へ販売
2003年、梅山豚に一つの転機が訪れます。
社長の昇はある知人を介して、中華料理のシェフ脇屋友詞氏にお目にかかることになりました。
シェフのお料理をいただいた後、梅山豚の説明をしました。
シェフは梅山豚をよくご存じで、是非梅山豚を使って東坡肉(トンポーロー)を作りたいとの事で、納品をすることになりました。
バラ肉を納品をすると「脂がのっていて特においしい東坡肉ができた」との事でした。
これまで梅山豚は脂が多くて、それがクレームの原因でした。しかし、その脂が多いのを喜んでくれる方がいるとは・・・・

ヒントを得た昇はレストランにアプローチを始めました。
実際に数々のシェフにお会いして話をしてみると、皆さん梅山豚に興味を持ちました。
そして驚くことがおきます。次々に注文が入ってきたのです。
あるシェフはヒレかつがこんなにジューシーとは、またあるシェフはしゃぶしゃぶから出た肉汁で〆の雑炊まで美味しい、他にも香りが良い、あっさりしていてしつこくない、とろけるようだなど、梅山豚の脂に対する評価はシェフの間ではとても高いものでした。

これまで梅山豚肉の脂の多さは短所と昇は考えてきましたが、逆に長所であるという事を教えてくださったシェフの方々に感謝の気持ちでいっぱいになりました。
そして、梅山豚の美味しさは全国のシェフに継続して使っていただいている事が何よりの証明だと考えられるようになっていきました。
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by meishanton | 2010-09-14 18:33 | 梅山豚のあしあと
第15回~販売のあしあと~『デパ地下』で販売
2001年、日本の畜産業界が凍りつきました。BSEが国内で発生したのです。
連日放映される起立不能の牛の映像に、消費者の買い控えがおきました。

牛肉に代わるものとして豚肉や鶏肉の需要が高まり、その中で百貨店では銘柄豚を取り上げて販売するようになっていきました。
それまで梅山豚を百貨店に営業していた昇ですが、梅山豚の知名度の低さと、黒豚をはじめライバル銘柄豚の多さに断られてばかりでした。
しかし、ある日突然百貨店のバイヤーから電話をいただきました。「梅山豚を仕入れたい」と。
話を聞いてみると、お客さんから「梅山豚という豚があるから探して取り扱ってほしい」との声が多数寄せられているようでした。TVや雑誌で取り上げられる梅山豚は、その希少性や安全性から「食べてみたい豚」となっていたようです。

時に「デパ地下ブーム」と言われ、「梅山豚」は百貨店が特別に取り寄せた期間・数量限定の商品として、デパ地下で注目を集めていきました。
現在でも、北は札幌から南は九州小倉まで、全国の百貨店で「梅山豚」が期間限定販売されています。
販売予定を事前にお知らせすると、予約を入れる梅山豚ファンが増えているとも聞きます。

着実に梅山豚ファンが増えるにつれ、昇はファンに愛されることがありがたいことを実感していきました。
こうした梅山豚ファンのためにも、さらに納得のいく品質をお届けすることに昇はスタッフ一同と邁進していくようになりました。
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by meishanton | 2010-08-24 11:25 | 梅山豚のあしあと
第14回~販売のあしあと
テレビ出演や雑誌取材が増えるにつれ、「梅山豚」へのお問い合わせが増えてきました。
そこで社長の昇は「50人で1頭を丸ごといただきましょう」とスタートしたそれまでのファンクラブ「自然とふれあう会」を、現在の『梅山豚倶楽部』としてリニューアルをしました。

『梅山豚倶楽部』は入会金や会費はいただきません。
梅山豚肉を毎月定期購入いただく事だけが条件の会員組織にしました。
「梅山豚」を気軽に楽しんでいただきたいという思いからです。

会員さんは、北は北海道から南は鹿児島まで広範囲にわたりお届けしていきました。
また、会員さんに向けて牧場の様子をお知らせするため、会報誌「梅山豚倶楽部通信」を毎月発行し、梅山豚肉と一緒にお届けしました。

毎月お届けをしていると、沢山の生の声もいただきます。
「香りがいい」「脂が甘い」「しつこくない」といったお褒めの言葉から、「脂が多い」「形が悪い」などの満足できない言葉まで、昇のもとにはファンから沢山お便りが届きました。
その全てに目を通すと、梅山豚の特徴や、問題点を再確認することができました。
そして、それらのファンの声は「梅山豚」の生産や飼料の製造に生かす事ができました。
ファンとともに歩み、ファンの声を生産活動に生かして行くことができること、それが「梅山豚」の強みになっていきました。
昇は気づき始めます。「梅山豚」を愛してくれるファンが大切だと言うことを。
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                     ↑当初の会報誌「梅山豚倶楽部通信」
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by meishanton | 2010-07-13 11:34 | 梅山豚のあしあと
第13回~販売のあしあとその1 TV出演
平成13年9月、梅山豚の転機となる出来事がおきます。
それはテレビ出演の依頼でした。しかも究極の豚肉として30分間「梅山豚」を特集するというものでした。

相変わらず販売に苦戦していた昇は出演を快諾します。
撮影隊が牧場に入ったのは真夏、しかも1週間泊まり込みという過酷なものでした。
梅山豚を撮影し、会長夫妻のインタビューを撮り、そして最後には役者さんが牧場に来て再現ドラマを撮影しました。
梅山豚に賭ける思いや、梅山豚導入時の苦労、昇が後継者として茨城に戻ったときの会長夫妻の喜び、梅山豚が売れない苦労・・・・・
撮影が進むにつれ、撮影隊にも気持ちが入っていくのが感じられる1週間でした。
 
最後にスタジオ撮影、VTRを見ながら司会の徳光さんの目には感動の涙が・・・・
結果、テレビ放映中から大変な反響でした。
事務所の電話は約2週間鳴り止まず、お届けまで最大6ヶ月もお待ちいただくお客様まで。
その時、梅山豚をお届けしたお客様の多くが「おいしかった」と再注文をしてくれました。
昇はファンの大切さを改めて知り、「梅山豚」の物語を正確に伝えてくれたテレビスタッフに感謝しました。

翌平成14年7月、今は終了しているテレビ番組「どっちの料理ショー」に特選素材として出演を果たし、知名度はさらに向上していきました。
その後も、「梅山豚」には沢山のTV出演の依頼や、新聞、雑誌の取材申込みが来るようになりました。

昇は、考えていました。「梅山豚をずっと継続していくためには何が大切なのだろう?」 
品質も大切です。
種の保存も大切です。
現場を担うスタッフも大切です。
しかし、最も大切なものがあることが少しずつ分かってきていました。
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by meishanton | 2010-06-18 18:48 | 梅山豚のあしあと
第12回~生産のあしあとその4 種の保存
「梅山豚」は皆さんご存じの通り原種豚、つまり豚の種類の名前です。
世間一般の「~~豚」などの合成豚(2種類以上の豚を掛け合わせてできた雑種)とは異なります。

社長の昇は、お会いする人から「梅山豚は日本にほとんどいないので独占でいいですね」と言われます。実は、そこが昇の最も苦労するところでした。日本にいないということは、外から導入できないということです。つまり、自分たちで種を保存し、更新していかなければなりません。

当時は、沢山子豚を産むとか、子育てがうまいとか、体格が理想的とかで種豚を選抜していました。しかし、そういった指標での選抜はついついある特定の系統にかたより、徐々に近親交配に陥っていったのです。
さらに近親交配による活力の低下は、昇に廃業すら考えさせました。
特に2003年は深刻で、梅山豚が順調に育たず、梅山豚倶楽部の会員様以外にレストランなどにお届けしていたものを、3ヶ月もお休みしてもらった事がありました。

こうした、梅山豚特有の問題を解決するため、梅山豚の種雄、種雌とその子豚全120頭を一斉にDNA鑑定しました。また、そのDNA鑑定の結果を基にどの雄と雌を交配するかという交配プログラムも専門家に策定していただきました。

交配プログラムの策定以降は近親交配による活力の低下も無くなり、順調に種豚を維持・更新できるようになりました。「梅山豚」を継続して皆さんにお届けしていくためには、こうした取り組みを続けていく事が必要です。

塚原牧場が梅山豚を保存していかなければ、いつか日本に梅山豚はいなくなるでしょう。 昇は思いました。
そして、それは塚原牧場に委ねられた使命なのだと…。
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by meishanton | 2010-05-11 16:31 | 梅山豚のあしあと
第11回~従業員の採用
社長である昇の一日は、早朝牧場に出て餌や掃除など、午後は「麦茶の搾り粕」や「パン」などの飼料原料をトラックで引取り餌づくり、夜パソコンに向かい豚や飼料のデータ管理や経理業務など、
という忙しさで社長とは程遠いものでした。
会長であるとうちゃんと、かあちゃんと自分といういわゆる「三ちゃん農業」の典型の姿でした。

東京で金融マンだった昇は決心します「家業を会社にしよう」と。
茨城に戻って見る農業の風景は、高齢化や担い手不足により衰退していく姿ばかりでした。
農業が開かれた産業になり、優秀な人材が集まり発展していくためにはどうすればいいのか?昇は常に考えていました。

そんな中、平成10年に初めて事務担当の女性パートさんを採用します。
請求書をまとめたり、取引先に代金を振り込んだり、給与計算をしたり・・・会社にする第一歩はそこから始まりました。
b0166530_1145697.jpg翌11年にはトラックで飼料を運搬するドライバーを採用し、飼料製造を本格化していきました。
しかし、募集しても募集しても応募がなかったのは牧場で働いてくれる人でした。

やはり牧場で人を採用するのは難しいのかな・・・・と諦めかけた平成15年、東京から地元境町へUターンしてきた男の子が面接に来ました。その彼が入社すると、販路の拡大に合わせて人員を増やすことができるようになりました。


平成22年現在は、販売部門と飼料部門、牧場部門あわせて総勢17人。
農業を担う若い人が集まり、少しずつですが家業から会社になってきました。
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by meishanton | 2010-04-14 11:39 | 梅山豚のあしあと
第10回~飼料の研究
「梅山豚のあしあと」も第十回になりました。売れなかった時期の梅山豚に一筋の光明が…。

茨城に戻り梅山豚を引き継いだ昇ですが、売れない時代が続いていました。
母豚規模も縮小しましたが、赤字は少なくなりませんでした。
そのうちに、どうしてこんな儲からないことをしているんだろう・・・と心細くもなっていた時代でした。

そんな時、ある雑誌に「農業と環境」という特集が掲載されていました。これからは環境の時代になると書かれ、畜産と環境の関わりを研究して新しい形の畜産をしようと考えた昇は、筑波大学大学院環境科学研究科に社会人入学しました。

そこで食品副産物に出会います。『麦茶の搾り粕(大麦)』『パスタ』『甘藷皮』『豆腐粕』など、食品を製造する過程で発生してしまう人間が利用しないものが沢山ある事に気付きました。これらを利用して環境に優しい梅山豚をつくろう、と昇は決心します。

餌は肉豚後期用、肉豚前期用、種豚用の3種類をつくリました。それぞれの飼料では必要な栄養が違います。健康に育てる為に懸命に飼料栄養学も学びました。また、栄養が整っていても粒度や香りが悪く餌を食べないこともありました。

試行錯誤の連続の中で、昇はあることに気付きます。
既製の配合飼料を食べさせた時に比べて確実に肉が美味しくなっていたのです。
「脂が軽く」「肉汁が豊か」「香りが良い」という現在の梅山豚の特徴は、飼料を食品副産物を原料に自家製造することによって、より際だつようになりました。

こうして、美味しくて環境に優しい現在の梅山豚ができあがっていきました。
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by meishanton | 2010-03-01 19:17 | 梅山豚のあしあと
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