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25百貨店の催事への出店

   東日本大震災から時間が経過しても、原発事故の風評被害が影響しているようで相変わらず梅山豚の受注は以前の水準を回復できないままでした。

   イーアスつくばでの直営店も閉店せざるを得ず、梅山豚の販売に苦戦していました。

   しかし考えました。

   梅山豚を知らない人はまだまだ多い。

   東京ではそれなりに認知度が上がって来ましたが、特に中部、関西、九州では知っている人が少ない。

   そんな事から、認知度を上げるために百貨店にて催事をさせていただこうと考えました。

   催事に立って梅山豚の安全性の説明をしながら直接お客様に語り掛ければ、突破口を見いだせるのではないか?

   との思いでした。

   そこで既に梅山豚肉を販売してくれていた実績のある百貨店にお声がけし、1週間の催事を試みる事になりました。

   初めての催事は驚きの連続でした。

   催事では朝礼で前日の売上成績が発表されます。

   するとどうでしょう、私の向かい側の「出汁」のお店がうちの売上の10倍をゆうに超えていたのです。

   ひっきりなしに来店客があり、まとめ買いをしている様子に釘付けになりました。

   しかし、その「出汁」のお店も10年前はこれほど売れる事は無かったそうです。

   お客様ひとりひとりとの信頼関係をコツコツと積み重ねる以外、催事には近道が無いことを教えられたようでした。

   大丸京都店、伊勢丹新宿店、松屋銀座店・・・そこからは社長自らが店頭に立って、肉まんや焼売、生ハムやソーセージ、キーマカレーなど梅山豚の商品を販売しました。

   一人一人に試食を手渡しながら梅山豚について説明をし、安全性をアピールする日々が続きました。 

   催事での手応えを掴みかけ、このまま毎月のようにどちらかの百貨店で催事をすることを検討していたその時、新たな試練に直面する事になりました。

   それは未知のウイルスによる被害の広がりでした。

   そのウイルスは農場の成績に大きなダメージを与え、一旦罹ってしまうと何度も何度も繰り返し猛威をふるうものでした。(注:これはPEDウイルスと言いここ5年間に国内で50万頭もの豚が死亡しています。)

   そのため、もし梅山豚が罹ってしまった場合の事を考えると社長が農場を離れ催事に出る事は難しくなりました。

   防疫体制の確立が最優先課題になり、養豚業界が新たなステージに入ったのを実感するのです。


# by meishanton | 2020-02-07 19:15 | 梅山豚のあしあと
新年のご挨拶

新年明けましておめでとうございます

皆様にはお元気に新春をお迎えの事とお慶び申し上げます。

2019年は様々な事業継続すら危ぶまれる出来事に翻弄されながらも事態は好転し、毎日梅山豚に向き合い、ご注文のあった方々に梅山豚肉をお届けすることができました。もしかしたら奇跡的な事なのではと感じるくらい忘れられない1年になりました。

4月代表の私が感染症で生死の境を彷徨い36日間入院しました。令和の幕開けを病院のベッドで迎えるスタートになりましたが、回復も早く今では病気が嘘のように働くことができています。

また農場スタッフに相次いで退職者が出たことから、退院後農場改革を次々断行し、タイからの技能実習生も初めて迎え入れました。31歳の女性実習生のワンちゃんは頑張り屋で、日本の寒さにも負けずあっという間に農場の戦力になりました。

そんな中、国内では豚コレラが猛威をふるい遂に隣の埼玉県にまで近づきました。いよいよ国もワクチン接種を認可し被害の拡大は収まりそうな気配となっています。

10月には大型台風19号により近くを流れる利根川が氾濫危険水位を超え、地元に避難指示まで出ました。危機一髪のところで利根川の氾濫は免れましたが生きた心地のしない夜を過ごしました。

そもそも梅山豚は私たちが直輸入する前に日中友好の贈り物として中国政府から日本政府に贈られました。今でもその子孫は農林水産省の牧場に残っています。これまで様々な養豚家が農林水産省より梅山豚の払い下げを受け飼育を試みました。しかし、多産な梅山豚からは未熟児がたくさん生まれ、生存競争の激しさで事故も多く、すべての養豚家が飼育を断念しました。また、何とか飼育できた梅山豚も市場では脂が多いとか肉付きが悪いという理由で「規格外」として取引され、コストがかかるが実入りが少ない豚となっていました。そんな中、私たちが唯一梅山豚の生産を継続することができたのは、梅山豚倶楽部会員の皆様や料理人さんなど多くのファンが梅山豚を支えてくださったからです。

これからも梅山豚を中心として国産飼料の生産や、地元貢献などに活動領域を広げ、未来の農業を担う人材を積極的に採用し、さらに美味しい梅山豚をお届けできるようスタッフ一同努力していきます。

梅山豚を通じて『食』と『農』と『環境』という分野の新しい時代に挑戦し続けていく私たちを2020年もどうぞよろしくお願いします。

                 2020年1月 株式会社 塚原牧場 代表取締役 塚原昇

     

 


# by meishanton | 2020-01-09 14:22 | 社長のコラム
24人工授精の取り組み

山豚は世界一の多産系豚として知られています。

しかし現実には、多産の時もあれば少ない時もあり、

その多産の能力が発揮できているのか疑問な状態が長く続いていました。

さらに、受胎率も満足できる状況には無く、

悪い時には交配しても受胎しないケースが50%を超え

計画的に肉豚生産ができない時もありました。

これは梅山豚が日本に100頭程度という原種豚であり、近親交配の影響により

どうしてもその力を出し切れないという問題が起きていました。   

こうした問題を少しでも解決する方法を考えた結果、

それまでの雄豚×雌豚の本交から人間による精液注入の人工授精に切り替える決断をしました。

(豚では人工授精はまだあまり普及していません)

そこで平成252月人工授精を導入するべく部屋を作り、顕微鏡や、

精液を一定の温度に保って保存する機械等を揃えて行きました。

当初は精液を購入して注入する事から始めました。

始めた頃は精液が逆流したりしてうまく注入できず、時間がかかることも多かったのですが、

慣れるとスムーズに注入できるようになりました。

しかし、目標としていた受胎率90%を達成するには至りませんでした。

そこで、次のステップとして自分たちで雄から精液を採取する事に挑戦しました。

採取した精液の活性を顕微鏡でその都度確認し注入する事で、

雄豚のコンディションも把握する事ができるようになりました。

こうして根気よく試行錯誤を続けた平成30年、遂に年間通じて受胎率が90%という目標を

達成することができました。

さらに1回に20頭を超える分娩も出始め(一般の豚は約10頭)、

本来の多産系という梅山豚の能力を十分引き出すことに成功しました。

今から思うと「必然」だった人工授精への挑戦。しかし、スタッフが揃ってこそできる

根気の要る作業の連続でした。

人工授精の成功により、梅山豚の生産は新たなステージへと進むことになり、

大きな可能性も拓ける事となるのです。




# by meishanton | 2019-12-11 18:44 | 梅山豚のあしあと
23.イーアスつくばにて期間限定の直営店出店

23.イーアスつくばにて期間限定の直営店出店  _b0166530_19125832.jpg

 東日本大震災は私たちにとって大きな転機になりました。

西日本のお客様からのキャンセルが増え、東京周辺は計画停電もあり

自粛ムードが広がり梅山豚の受注は低調になりました。

しかしながら、梅山豚は既に産まれて元気に生育しています。

そこに舞い込んできたのがイーアスつくばというショッピングセンターへの出店です。

直営店は初めての経験でしたが思い切って出店を決断しました。

減ってしまった受注で梅山豚に余剰が生じ始めていたのです。

お店では肉や加工品を販売し、その奥にはイートイン12席を設けました。

おなじみの点心やミックスフライ、蒸篭蒸しやキーマカレー、

豚丼など週替わりの1品メニューを設定し8週間の期間限定で提供しました。

初日は来店客も少なくどうなる事かと不安になりましたが、日を追うごとに来店客が増え、

週替わりメニューを全て制覇する常連さんまで現れました。

私たちは開店前にお店の新しいスタッフと誓っていました。

今日の売り上げは追わない事、そして未来のファンを増やす事を。

そんな私達の想いは伝わり、12席のイートインには連日100名超の来店があり

大賑わいになりました。

ラヂオや新聞、ツイッターなど多方面で取り上げられ、

最終日には閉店を惜しむ声を多く聞くことができました。

しかし、つくばでの直営店に注力すればするほど、牧場の成績は悪くなって行きました

種付け成績は下がり、子豚の死亡は増え、社内のムードもギスギスして、牧場スタッフの

不安は増し、退職する者まで。

何をやっているのだろう・・・。

浮足立った初めての直営店は大きな反省を抱えながら8週間で閉店となりました

夢だった直営店は現実から夢にまた逆戻り、自分たちで育てた梅山豚を自分たちの手で販

売するという設立当初からの目標はまだまだ遠かった事を実感するのです。


# by meishanton | 2019-11-06 19:14
22.東日本大震災により放牧を休止

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2011311日午後、忘れもしません。これまで経験した事の無い激しい揺れに襲われた東日本、私たちは2階の事務所でミーティングをしていました。何とか1階に降り携帯電話で牧場スタッフの無事を確認しようとしましたが、携帯電話がつながりません。半年前に放牧場を拡張し、数名のスタッフが放牧場で作業をしていました。


その後、2日間の停電がありました。最も頭を悩ませたのは「水」でした。梅山豚は地下100メートルからの井戸水を飲んでます。しかし、電気が無いと井戸を汲み上げるポンプが動きません。水が出ないと、母豚は水を飲めず母乳出なくなります。肉豚も水が飲めないと餌を食べなくなります。何よりも大切な水・・・親戚の井戸まで水をいただきに行ったりもしました。停電が解消して水が出たあの感動は今でも忘れられません。


その後、停電が解消してテレビのニュースを見てからが本当の苦難の始まりでした。福島第一原発の事故により放射能が広範囲に飛散しました。拡張したばかりの放牧場の土からも微量の放射能が検出され、私たち20年以上続けて来た放牧を休止する決断をしました。


さらに、深刻だったのは風評被害です。茨城県産の梅山豚は、特に西日本のお得意様を多く失いました。信頼を回復すべく私たちは独自で全ての枝肉の放射能検査を行い、結果をFacebookで毎週公表してから販売しました。放射能汚染されていない事を証明しながらも注文のキャンセルが続く毎日は不安で一杯でした。


そんな中でも、応援して下さる梅山豚ファンの方々が多くいました。真剣に安全性をPRする私たちに新たなファンも現れました。苦しみから産まれた絆を強く実感した2011年は、私たちの再出発の年となりました。




# by meishanton | 2019-10-25 19:07 | 梅山豚のあしあと
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